日本の鍛治町
◆三木の鋸と大工道具(兵庫県)
近世中頃まで三木の町の周辺は農閑稼ぎとして木挽きを行う者が多く、丹波の山間まで他国稼ぎに出ていった。
彼らが用いる山鋸(立木の背を挽く大鋸)を作ることから三木の鋸作りは始まったといわれている。
それがさかんになって、大阪の文殊四郎仲間に加わることによって広い商圏を作り出していき、山鋸・前挽き鋸(板挽き鋸)の有力な産地となっていく。
こうして大工道具の町、三木が生まれてきたのである。
今はロートアイアンを作る店も増えているらしい。
◆伯州鉄山(鳥取県)
西伯地方の山間では古くから産鉄がさかんであったが、これらをひとまとめにして伯州鉄山と呼んでいる。
近世後期には鉄山の経営者は広大な山林を所有し、大勢の山子(鉄山労働者)をやとって大規模な製鉄を行った。
製鉄場は「山内」と称して一般の村とは異なった社会を構成し、その周辺には「大鍛冶」という、軟鉄に加工する鍛冶場も生まれ、一大産業となっていたのである。