未来に向かって 6
やがて夫は、あきらめきった表情で「時代の流れやしかたがない」と言いました。
夫はずーっと製版技術者でいたかったはずです。
そうしていれば、こんな悲しい結果にもならなかったはずです。
真面目一方、仕事一筋で、お酒も煙草もやらない人でした。
唯一の趣味といえば、写真と将棋。
でも、それも物流システムへ移ってからは疲れてできなくなっていました。
新聞も隅から隅まで読む人だったのに、ざっと目を通すだけで精いっぱいのようすでした。
亡くなった年の一月末ころから、ときどき胸が苦しくなると私に言うようになりました。
近くの病院で受診し、薬をもらって飲んでいるにもかかわらず、あまり効果がないようでした。
京大病院の心臓専門医に診てもらいたかったのですが、なかなか休みがとりにくいと、無理して出勤していました。
慰労休暇は二十七日も残しているのに使わせてもらえない雰囲気の職場なのです。
以前、職場でケガをしたとき、二、三日休んだら、「そんなに休んでもらったら会社はやって行けないから、そんな人はやめてもらわんならん」と、上司からおどされたそうです。
勤務は祝祭日関係なく、日勤夜勤の二交替で、十二時間労働です。
人によっては、会社を辞めて転職しようとするかもしれない感じですね。