未来に向かって 7
とくに夜勤は二人体制なので、体の調子が悪いときでも休みにくいそうです。
夜勤明けの日も昼間、よく眠れないまま、また夜八時に出勤です。
五十歳をすぎてからの夜間の十二時間労働はしんどいだろうなあ、と私は心配していました。
でも、なにもしてあげられなかったのです。
ある会社に勤める人の話では、週休二日制で、土日祭日はかならず休みで、慰労休暇も気がねなくとって、よく旅行にも出かけると聞きます。
それが人間らしい働き方だと思います。
なぜ、こんなにもちがうのでしょう。
夫が亡くなって、会社が持ってきたのは、弔慰金五十万円と葬儀一部負担金十万円だけです。
これが三十六年間も会社のために働きつづけた労働者への報酬でしょうか。
私は意を決して「過労死」の労働災害認定の申請をすることにしました。
一九九〇年六月七日です。
この申請に対しても、会社は冷たい態度でした。
事業主には労災の申請手続きに協力する義務があるはずなのに、健康診断の写しもくれず、事業主の証明も拒みました。
でも私は負けてはいません。
暖かく励ましてくださったり、協力してくださる方々もありますし、労災の認定をされるまで、がんばるつもりです。
それが、夫の無念を晴らすことだと信じています。
そして二度とこんな悲しいことがくり返されないことを願います。
たしかに、仕事で亡くなっているのですから、その分を取り戻さないと残された側としてはやっていけないように思います。